『蜻蛉日記』
朝食の後ちょっと油断して、何時もより10分程遅くSさん宅を出たので、折角椿の木々に囲まれている『大原幽学』で、今花の盛りを迎えている椿すら、楽しんで眺めるゆとりもなく、急ぎ足で館内へ。今日は『蜻蛉日記』の最終回。講師は、高校の古文の教師を退職後も、ご研究をお続けになられ、いよいよご見識を深めておいでの、80歳を越えられた平山武彦先生。
蜻蛉日記の作者・藤原道綱母は、夫と頼む藤原兼家には、高貴な家柄出身の時姫との間に、すでに男の子があり、それはやがて3男2女になるという、安定した家庭のある存在。浮気性で次々に他所に愛人を作りもし、着々と出世の歩も進めている、精力的な男性。
当時評判の美貌故に、兼家を惹きつけたはずの筆者なのに、兼家にとって特別な存在になれず、ヤキモキし続ける。その心情が正直に綴られて、彼女の激しい感情は色濃く伝わってくる。そんな女心は千年を経た私たちにも良く分かる。筆者の溜息や感情が、美しい仮名書きの原本の行間から立ち上ってくる。
久し振りに訪れた兼家に、愚痴り嘆き、時には拗ねて無視をしてしまう。愛しいからこそ抑えられないとしても、これでは男の足が遠のくのも当たり前。その辺りが気付けない、言わば世間知らずの深層のお嬢様。それでも和歌の読み手としても <なげきつつ ひとりぬる夜の あくるまは いかに久しき ものとかはしる> 小倉百人一首にあるほどの名手であり、縫物や染め物などの上手という優秀な女性でもあった。その才能は兼家も認めてい、一子道綱の存在もあって、20年の余に渡って兼家との関係は続いた。39歳の年末に兼家の訪れが絶えたところで日記は終わり、その20年後に没しているようだ。
全3巻のうち、中の巻から受講させていただき始め、今回で下の巻を読み終えた。
次回からは『平家物語』が始まるので、これも楽しみだけれど、もう少し嫉妬の焔で身を焦がし、陰々滅々愚痴と嘆きに満ちている『蜻蛉日記』の、世界に浸って居たい思いもある。
下の巻の「春雨けぶる朝」のところを載せておこう。兼家と筆者が珍しく穏やかに朝を迎え、帰るために兼家が「直衣の下に紅の袿を重ね、裾は指貫袴の上に出し、帯をゆったりと結んで」と機嫌よく衣装を身に着けている様子を、筆者が見惚れているような雰囲気まで伝わってくる。
23年ばかり前まで10年ほどを、清川妙先生の『枕草子』を受講した折とは、違ったお勉強をしている感があった。清少納言が書いたのは、今ならさしずめエッセイで、キャリアウーマンの少納言が、男友だちも含めて様々な経験や広い情報の中で、彼女の鋭い感性とアングルで切り取る事象の、感想・感心・感動などがイキイキと綴られた面白い読み物。それを清川先生の、温かなまなざしでお導き戴いていた頃を、思い出すことも度々であった。
上の巻はSさんが受講の後で、その内容をメールで送ってくれていたお陰様で、概ねは感じられていたので、上質な古典の世界に浸れたこの2年ほどに感謝したい。

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