桂川連理柵
今年も誕生日のプレゼントには『文楽』への招待が良いと、ハルさんの希望であらかじめチケットを入手して置き、16日は寒い北風に追い立てられるようにして、8時50分のバスで半蔵門へ、国立劇場の文楽鑑賞に。劇場の前は皇居のお堀端。冷たく寒い北風の中をものともせず、土曜日の朝とあって沢山のランナーが走っていて、まるでマラソン大会のよう。
劇場の前庭は盛りを過ぎた蝋梅、咲き始めたばかりの紅梅白梅が、手入れをされて目を楽しませてくれる。見事な枝ぶりの桜の木が数本あって、桜の時期には観桜だけに来てもいいなぁと。
文楽は、以前に度々堪能させてもらった演者たちとは、代が変わって若いころから見て来た方々が、今や立派な演者になっている。長い間堪能させていただき大好きだった故吉田玉夫は、今は二代目玉夫が芸風を引き継ぎ、本人が襲名の時に、「師匠の芸風は引き継ぎながら、一味自分らしさが付くように努めたい」との弁だったが、襲名して1年、今回は確かに先代玉夫の芸風がほの見えて、懐かしい。ずっと見続けているというのは、素晴らしかった先代と次代の違いを楽しみつつ、先代の芸風を重ねて懐かしむこともでき、次代がどう引き継ぎ、どう変化してゆくのかを、見守る楽しみがあるのだと感じた。
演目は近松門左衛門ではない100年ほど後の作家の、心中もの『桂川連理柵』(かつらがわれんりのしがらみ)。今まで観て来た近松ものとはだいぶ違うテイスト。擬音や重ね言葉が多く使われていて、ドタバタ加減が増していて、私には近松の品格の中で描かれる、恋、人情、義理と金に縛られて、という筋立てが一番に思える。なので、今回は涙もろい私には珍しく、あらかじめ手に持っていたハンカチの出番もなかった。それでも太棹三味線の「デデーン、デンデンデン♪」という音と響きがはじまるや、たちまちその中にグングン引き込まれて行くのだった。
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