文楽の生み出す空間

画像 ここのところ、お世話になっている友人のお誕生日に「文楽はお好きですか?」「見たことがないので」とのことで、それでは日ごろのお礼を兼ねて、ご招待しようと。
 私の文楽初体験は高校卒業してすぐの1966年頃だったと思う。新聞に文楽が公演中の記事で興味を覚え、その日にひとりで劇場へ行き、当日券を買ったのだと。細かいことは覚えて居ないけれど、文楽の醸し出すまさに3Dのような空間を感じて深く大きく感動した。
 当時は3Dなどというものはないので、その頃説明するときは、いつも、「義太夫の大夫さん、伴奏の太棹三味線の演奏者、舞台で演じる人形遣いの三者が、人形遣いの遣う人形に向かって、3人の『気』というか『オーラ』というかある種のパワーが放たれ、人形に集結する。と、フッと人形が息をし始めて、情が立ち上がり、恋し、泣き、切ながる。それが生身の人間が演じる世界とは違う、ある種の空間に観ている者を引きずり込み、あたかも心中の現場を目撃しているような臨場感をおぼえるの」と説明していた。
 私に取っては、最近の映画で体験できるようになった3Dよりも、空間に浮かびあがって来る人形であって、人形そのものではないひとりの「女」であったり「男」の息遣いや心音が聞こえ、震えや、嘆きが伝わる。その度合いには大きなものがあって、多分『幽玄』の世界に引き込まれるのだろう。

 2月15日、暫くぶりに国立小劇場の『文楽2月公演』へ。何時見ても、近松の門左衛門作品はスゴイ。今回の『心中宵庚申』は近松最晩年の作とか。
 友人の誕生日にとお誘いしたけれど、初めてとあれば果たして好みに合うかどうかと思いつつ、前から8列目のほぼ中央の席へ。左側に座った友人に気遣いするどころではない、デデーン♪と太棹の三味線の音が聞こえるや否や何時ものように、たちまち舞台に引き込まれ、感動。幾度かの愁嘆場に涙を流し、ハンカチ1枚が絞れるほどの涙涙。
 右隣は黒に近いダークな紫の総絞りの着物に、ボブヘァーのスラリとしたアラフィフの、かなり美しい女性がおひとりで。彼女も、私と同じようなところで、目頭を押さえておいでで、これは、義太夫の大夫さんに目が行くときに、お隣の女性も視野に入るので様子が見える。
 終演後に席を立つとき、涙目の顔を見合わせて「良かったですねぇ」「ええ、本当に」とご挨拶。

 『文楽東京公演』通いをしていた頃、年に2度ほどしかチャンスがなくて、その間は歌舞伎にも、これは文楽よりも多く通った。当時は何と言っても撫子のように楚々として美しい玉三郎、トロリとしたセリフの甘い色気がある海老蔵になる前の新之助、何処までも男らしい辰之助、きりりとした若衆や、おきゃんな女形も可愛いい菊之助など、早々たる若手歌舞伎全盛期だった。特に玉三郎と新之助の組む物は忙しい仕事をやりくりして観に行った。当時は週に1日午後から『市場調査』という名目で、銀座や六本木へ、会社から出させてもらう契約をしていたので、市場を見て歩きつつ銀座のプレイガイドへ寄り座席表から、概ね簡単に好みの席が手に入れられたので、母と二人でいそいそと劇場へ出掛けた。
 今回のチケットの入手の難しさは仰天ものだった。昭和は遠くなりにけりの感が大きい。そしてあの頃は、文楽も100年にひとりという美声で人間味あふれる自然な語り口が魅力的だった義太夫の竹本越路太夫(1913~2002)に、初代吉田玉夫(1919~2006)(以下ウイキペディア)立役(男役)『曽根崎心中』の徳兵衛役が当たり役となり、生涯で1136回務めた。抑制の効いた、理知的な動きの中に、秘めた情感や品良き色香を表現し、その技は最高峰と謳われた。と評される男の色気に三代目吉田蓑助(1933~)が遣う女役の人形の艶やかさ、華やかさ、匂うような色香、そして切なさや哀しみを秘めた美しさは比類がないと<KENSYO vol.91>が書いているが、いくらことばをつくしても尽くしきれないほどに、魅力的な女を演じていた。やがて人間国宝になる三人で演じられ、生み出される世界を観られたことは、我が人生に最たるラッキーなことだったのだなぁと。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック