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<<   作成日時 : 2017/04/09 17:52   >>

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画像画像ケアハウに居るヒサコさんと、できれば10日にランチをしようと思い、彼女の都合やお弁当が良いか、外へ出るのが良いかなどを訊こうと、ここ数日電話していたけれど、出ないので心配になった。体調を崩して入院でもしているのかしら。
 ホームに電話したところ「個人情報なので、ご家族に訊いてください」と。で、やっとヒサコさんの次女の方に電話ができて、ヒサコさんから「具合が悪いから来て」と電話があって、3月4日に市川病院へ連れて行ったら、そのまま入院になり、11日に亡くなったのだそう。
 ヒサコ子さんの子どもは4人、孫とひ孫で20名『家族葬』では、全員が集まり大人数となった。91歳、苦しむことなく亡くなったこともあり、葬儀は賑やかで明るいものだったと。寂しがりやのヒサコさんには、それが何よりのお供養だったのではと。
 1月半ばに彼女の希望で、お部屋へお弁当を持ち込み、楽しくお喋りをして、少し顔が浮腫んでいるようだけど、今はもう彼女特有の毒舌もなく「友達もみんな死んじまって面白くないし、はぁ、もういつ死んでもいいんだ」と、辛さのない、ふんわりとした感じで言う。
 私が辞去するときには、「お陰で、今日は嬉しい日だったよぅ。ありがとう。また来てよね」と、炬燵に座ったまま、何時もの人懐こい笑顔で手を振っていた。前回は、窓から手を振ってくれたので、動くのが億劫になってきているのだろうと考えつつ、彼女の部屋の窓を見上げ、車を出した。

 「会いたいなぁ」とか「どうしてるかしら」とか頭を過ったら、なるべくすぐに会いに行くなり、連絡を取るようにしている。それは先方のこともあろうけれど、もう私側に何があってもおかしくない世代でもあると思っている。会いたいときに会い『一期一会』的に大切にその時間を楽しみたいと。
 
 10年ばかり前に、友人が彼女よりも年上の、お姉さんのように感じていた元同僚が、ホームに入所したと電話をもらい、「その内会いに行くね」と言って以来、「行きたい、行かなきゃ」と思いつつ、気付いたら思いのほか、時間が流れていた、と気付いた。直ぐに電車とバスを乗り継いで、1時間半ばかりを掛けて行ったら、ご友人はベットに横たわって居「どちら様でしょうか?」全く思い出してもらえないままお別れした。「なぜもっと早くに行けなかったのか」と帰路は悔し涙を流しながら歩いたのだそう。
  
 昨年の4月、大好きなちどりさんに会うために、ローマへ行き、静かな時間を持てた。彼女は肺癌の末期だったけれど、元来ポジティブな精神力の強い人なので、この時も彼女から沢山のことを学んだ。「来年の春は貴女が東京に来てね」「そうね」とお別れしたけれど、10月11日に亡くなったと、ご主人のモウリッオさんからスカイプで「最後お別れをしてやって」と。スカイプで「彼女のことだもの、春に又東京で会えるかも」と思った、あの日のままの寝顔のような彼女にお別れをした。ローマへ、「会いに行って良かった」と痛切に感じたのだった。

 中山駅へ出た帰路、『法華経寺』の桜を観ようと駐車場に停めた。中学時代にS.o君たちと、通った宝蔵院へ上がる階段の下の道に佇めば、階段の途中に、中学時代の仲間たちの楽しそうな様子が重なって浮かんで来る。3月下旬にS.o君と、この辺りを歩いた折りに、「あと数日で桜が観られたね」彼がと言い、見上げた樹上には沢山の蕾にほんの少し咲いている花もあった。
      「花は盛りに月は隈なきをぞ見るものかは」
と、兼好法師が言っておられるけれど、そう、この満開でちらりはらりと花びらの舞う花見も良いけれど、あの日のぽつぽつ咲き始めていた桜も一興だった。
ケアハウに居るヒサコさんと、できれば10日にランチをしようと思い、彼女の都合やお弁当が良いか、外へ出るのが良いかなどを訊こうと、ここ数日電話していたけれど、出ないので心配になった。体調を崩して入院でもしているのかしら。
 ホームに電話したところ「個人情報なので、ご家族に訊いてください」と。で、やっとヒサコさんの次女の方に電話ができて、ヒサコさんから「具合が悪いから来て」と電話があって、3月4日に市川病院へ連れて行ったら、そのまま入院になり、11日に亡くなったのだそう。
 ヒサコ子さんの子どもは4人、孫とひ孫で20名『家族葬』では、全員が集まり大人数となった。91歳、苦しむことなく亡くなったこともあり、葬儀は賑やかで明るいものだったと。寂しがりやのヒサコさんには、それが何よりのお供養だったのではと。
 1月半ばに彼女の希望で、お部屋へお弁当を持ち込み、楽しくお喋りをして、少し顔が浮腫んでいるようだけど、今はもう彼女特有の毒舌もなく「友達もみんな死んじまって面白くないし、はぁ、もういつ死んでもいいんだ」と、辛さのない、ふんわりとした感じで言う。
 私が辞去するときには、「お陰で、今日は嬉しい日だったよぅ。ありがとう。また来てよね」と、炬燵に座ったまま、何時もの人懐こい笑顔で手を振っていた。前回は、窓から手を振ってくれたので、動くのが億劫になってきているのだろうと考えつつ、彼女の部屋の窓を見上げ、車を出した。

 「会いたいなぁ」とか「どうしてるかしら」とか頭を過ったら、なるべくすぐに会いに行くなり、連絡を取るようにしている。それは先方のこともあろうけれど、もう私側に何があってもおかしくない世代でもあると思っている。会いたいときに会い『一期一会』的に大切にその時間を楽しみたいと。
 
 10年ばかり前に、友人が彼女よりも年上の、お姉さんのように感じていた元同僚が、ホームに入所したと電話をもらい、「その内会いに行くね」と言って以来、「行きたい、行かなきゃ」と思いつつ、気付いたら思いのほか、時間が流れていた、と気付いた。直ぐに電車とバスを乗り継いで、1時間半ばかりを掛けて行ったら、ご友人はベットに横たわって居「どちら様でしょうか?」全く思い出してもらえないままお別れした。「なぜもっと早くに行けなかったのか」と帰路は悔し涙を流しながら歩いたのだそう。
  
 昨年の4月、大好きなちどりさんに会うために、ローマへ行き、静かな時間を持てた。彼女は肺癌の末期だったけれど、元来ポジティブな精神力の強い人なので、この時も彼女から沢山のことを学んだ。「来年の春は貴女が東京に来てね」「そうね」とお別れしたけれど、10月11日に亡くなったと、ご主人のモウリッオさんからスカイプで「最後お別れをしてやって」と。スカイプで「彼女のことだもの、春に又東京で会えるかも」と思った、あの日のままの寝顔のような彼女にお別れをした。ローマへ、「会いに行って良かった」と痛切に感じたのだった。

 中山駅へ出た帰路、『法華経寺』の桜を観ようと駐車場に停めた。中学時代にS.o君たちと、通った宝蔵院へ上がる階段の下の道に佇めば、階段の途中に、中学時代の仲間たちの楽しそうな様子が重なって浮かんで来る。3月下旬にS.o君と、この辺りを歩いた折りに、「あと数日で桜が観られたね」彼がと言い、見上げた樹上には沢山の蕾にほんの少し咲いている花もあった。
      「花は盛りに月は隈なきをぞ見るものかは」
と、兼好法師が言っておられるけれど、そう、この満開でちらりはらりと花びらの舞う花見も良いけれど、あの日のぽつぽつ咲き始めていた桜も一興だった。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ちいさんと最後に一緒に過ごした時間が、ヒサコさんにとってとても有意義なものであったと伝わります。
人は皆いずれ同じ場所に行きますが、私は縁があって出会った人たちに、そこでまた再会できると信じています。その日まで後悔のないよう、今を大切に生きましょう。きっと皆、見守ってくれています。
おもち
2017/04/10 16:24
今回のブログは、幾度編集しても、改行が変なところに出て仕舞うので、ウエブリブログに問い合わせのメールを送ってあるのですが、何時もよりさらに、読み難いのにお読みいただき、ありがとうございます。今を一番大切にしたいと思いますよねー。でも時々雑に生きていて、ハッとしますけれど。
ちいちゃん
2017/04/10 20:05

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